歌頭と讃頭
昨日、源氏物語の竹河巻を読んでいたら薫が踏歌の「歌頭」をつとめて・・・という件がありました。
残念ながら踏歌をみたことがないので、具体的にどういうことをするのかは知らないのですがこんなところかな?と一人で妙に納得しながら読んでしまいました。
註釈では「歌頭」とは歌の音頭をとる役、とありますがお経を唱える際にも「~頭」という役があります。
大きな法要などでよく見られますが、お坊さんが一人だけじゃなくて何人かでお経を唱えるとき、一番最初のところはたいてい一人の人がソロ(独吟)で唱えます。導師がつとめることが多いんですが、導師以外の人がその独吟にあたることがあって、おつとめするお経の名前をとって「伽陀頭(かだとう)」とか「讃頭(さんとう)」といわれたりします。
で、この讃頭にあたると大変です。慣れていて、お経も上手な人ならヘイバッチコイってなもんでしょうがそうでないと緊張しちゃって練習では出てる声が裏返ったり、音がはずれちゃったり・・・・・。
先月の研修は私も含め慣れてない人もたくさんいたので(上手な人もいましたが)惨憺たるものでした(__;;;;。
まだ研修だったから指導員の先生に怒られるだけでいいんですけどね。これが本番の法要だったらそうはいきません。みんな一生懸命練習を重ねていきます。
きっちり歌頭をつとめた薫くんはえらいのです。
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コメント
やえさま、ごぶさたしております。
3年ほど前に当地のかの神宮よりご注文で、踏歌神事に使う冠とでんでん太鼓を作り直させていただいたことがございます。
旧品は600年ほど前のもので、傷みがひどいので新調ということになったものです。
毎年1月11日に神事は行われますが、白い装束に面、冠にでんでん太鼓を持ち踊るもので、他の神事と違いユーモラスでもあります。
空メールお送りいただければ画像お送りいたします。
それから、覚えておいででしょうか、以前に「ぶりぶり」のことお尋ねいたしました。
なんとか出来上がりました。2種類作りました。ご示唆、有難うございました。仕事としてはそんなに難しいものではないと思っていましたが、木地の時点で早々とつまづいてしまい、ずいぶんと苦労いたしました。原因は、木地の成形を手でやってくれる職人さんがいらっしゃらなくなったことです。毎回感じるのですが、目に見えないところでこうした絶滅危惧技術が増え、実際に絶滅しております。
投稿: 和泉のお蔵 | 2007年11月 6日 (火) 09時46分
和泉のお蔵さん、ごぶさたしております。
踏歌の神事、一度はぜひ拝見してみたいですね。画像よろしくおねがい致します。
ぶりぶりは私もあまり詳しいことは申し上げられませんでしたが、ご完成何よりです。
一度途絶えてしまったものは復元するのは非常な困難を伴いますね。お経や声明なども同じ事情です。なんとか途絶えないようにと心を砕く人もいるものの、時代の趨勢には抵抗できず・・・ということも現実にあり、心の痛むことです。
投稿: やえむぐら | 2007年11月 7日 (水) 10時35分